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津地方裁判所 昭和24年(行)6号 判決

原告

荒木〓十郞

被告

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

被告は原告に対し金二十七万七千七百十四円及び之に対する昭和二十四年一月一日以降全額支払済に到る迄年五分の割合の金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として

被告は原告所有の三重県安濃郡安濃村大字安濃字柱千四百十三番地宅地百六十坪(賃貸価額二十五円六十銭)を金千五百三十六円で又同所住家木造瓦葺平屋建々坪三十六坪、倉庫土蔵瓦葺二階建一階建坪五坪、二階建坪三坪五合、納屋木造瓦葺平屋建々坪十二坪五合、便所木造瓦葺平屋建々坪七合五勺、以上四棟(賃貸価格百二十七円を金一万二千七百円でいずれも昭和二十三年十二月三十一日を買収時期として夫々買収する旨の三重県知事名義の買収令書を発行し原告は昭和二十四年一月十九日右買収令書の交付を受けた而して右買収は自作農創設特別措置法第十五条に基いてなされたものであるが、同条第三項によれば宅地建物の対価は時価を参酌して之を定めることになつて居り、前記宅地の時価は隣地のそれと比較すれば一坪二十円乃至三十円で建物の時価は新築の場合は最低一坪一万円古家屋の場合は一坪五千円以上と謂うのが公知の事実であり、現に原告の近くにあつた建坪二十七坪の古家屋を昭和二十三年九月頃村役場が買収した際公共用として特別安く評価されても尚ほ金八万円であつた。然るに原告の前記宅地建物の買収対価は宅地一坪九円六十銭、建物一坪二百二十二円と謂う余りにも時価を無視した評価であるから原告は右買収計画に対し適式の異議申立並に訴願をなしたところ、三重県農地委員会は右対価は農林省告示(昭和二十二年第七十一号)にもとずいて宅地を賃貸価格の六十倍建物を同百倍と決定したのであるから適法であるとの見地から異議を否決する旨の裁決をした。然し右各対価が自作農創設特別措置法施行令第十一条及び前記農林省告示に定められた中央農地委員会の定める基準によつたとしても宅地建物は農地と異り時価よりも不当に安く買収することは農地改革の精神から見ても明かに行き過ぎであり、前記農林省告示は自作農創設特別措置法第十五条第三項の明文を無視した違法のものであり、更に遡つては憲法第二十九条の大精神に違反しているから無効であり、宅地建物を買収するに当つては具体的に時価を参酌して適正な対価を定むべきものである。仍て原告は前記宅地を一坪二十円、建物を一坪五千円と評価することが適正であるから右適正価額に達する迄請求の趣旨記載の対価の増額を求めるため本訴に及んだ次第であると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め其の答弁として原告主張事実中被告が原告主張の宅地及建物を原告主張の対価で原告主張の時期を買収時期として買収する旨の買収令書を発行し、原告主張の日原告に交付したこと、及び原告は原告主張のような理由で三重県農地委員会が原告の訴願を否決する旨の裁決をなしたことは孰れも之を認めるが、その余の事実は争う。本件物件の買収対價は自作農創設特別措置法第十五条の規定にもとずいて同法施行令第十一条の規定及び中央農地委員会の定めた宅地等の対価算定基準に従い各賃貸価格に財産税法に定める倍率を乗じて得た額によつたものであるから時価を参酌した適法正当な対価と言うべきであると述べた。(立証省略)

理由

「三重県知事が自作農創設特別措置法第十五条に則り原告主張の宅地及び建物を原告主張の対価を以て買収する旨の買収令書を発行し之が原告主張の日時に原告に交付せられたこと並に右買収の対価は自作農創設特別措置法施行令第十一条に則り中央農地委員会の決定した価格算定基準に基き本件宅地及び建物の夫々の賃貸価格に財産税法に定める倍率を乗じて得た金額に定めたことは当事者間に争のないところである。

而して原告は自作農創設特別措置法施行令第十一条及び之に基いて発布せられた昭和二十二年農林省告示第七十一号は自作農創設特別措置法第十五条第三項の規定に牴觸するから効力なきものであると主張するから先ず此点に付て按ずるに、同法第十五条第三項には本件物件の如き宅地又は建物の買収の対価は時価を参酌してこれを定むる旨を規定して居るが右規定の趣旨は右買収の対価を定むるには宅地又は建物の時価を参酌すべきことを要求しているが該物件の時価に依るべきことを命じていないことが明文に徴して明白である。尚又今度の第二次農地改革は全国画一的に迅速に遂行すべきことを要請せられて居る事及び同法第六条第三項、第三十一条第三項等の趣旨、並に農地委員会の構成等から之を視るに一定の基準を与えることなく時価を参酌して宅地又は建物の買収価格を算定するが如き複雑にして困難な事務を農地委員会の裁量に委したものとは考えられず是は時価を参酌して右価格算定に関する一定の基準を命令を以て定めることを予定したものと解釈するを相当とする果してそうであるとすれば前掲施行令及び農林省告示は宅地建物の時価を参酌して定めたものであるから右法律の規定に牴触するものでないから此点に関する原告の主張は到底採用することを得ない。次に又原告は宅地建物の買収価格を時価よりも不当に低廉に定めることは農地改革の精神から之を視ても明に行き過ぎであり且つ憲法第二十九条の精神にも戻るものである旨主張するから按ずるに、今度の我が国の農地改革は民主主義的傾向の復活強化に対する経済的障碍を除去し個人の尊厳に対する尊敬を強化確立し数世紀に亘る封建的圧迫により我が国の農民を奴隷化し且つ貧困化して来た封建的束縛を破壞せんがため我が国の土地耕作者をして労働の成果を享受する上に一層均等なる機会を得せしめるために不在地主又は非耕作地主より農地又は之に附属する物件の所有権を国家が買収して之を耕作者に売渡して耕作者の地位を安定せしめて農村に於ける民主化を企図した施策であることは前記法律の精神に徴し明白であつて、農地の附属物たる本件宅地、建物を所有者たる原告から市価よりも廉価にて買収して之を農地耕作者に売渡したとするも何等右農地改革の精神に背反するものでない又憲法第二十九条第三項に所謂「正当な補償」の意義も国家が私有財産を公共の為に用いて権利者に与へる損失の全部を補償する趣旨でなくて其の制度の趣旨、被害法益の性質又は当時の社会情勢等から視て権利者に於て其の損失の或程度受忍すべきことを社会上正当と認められるが如き場合にはその受忍すべき程度を考慮して損失の一部を補償すれば足りるものと謂うべく斯かる補償こそ合理的にして正当な補償であると称すべきである。而して、前記の中央農地委員会に於て決定した宅地建物の買収価格を夫々の賃貸価格に各財産税法に定める倍率を乗じて得た金額としたことは前述の農地改革の精神に徴して時価を参酌した合理的にして正当なる補償額算定基準を指示したものと謂うべきであるから此点に関する原告の主張も亦容るゝに由がない。

次に原告は本件宅地建物の近傍に存した(古家建坪二十七坪、賃貸価格金五十六円)が昭和二十三年九月頃安濃郡村長会事務所に代金八万円にて売却せられた事実に徴するも本件買収価格は著しく低廉に過ぎると主張するも、右売買は個人間の相対売買に準ずべきものにして、本件の如く、法律により国家が買収する場合と其の基礎観念を異にするものであつて類例とすることが出来ない且つ原告の右主張は買収により所有者の蒙る全部の損害を補償すべきものであるとの観念に胚胎するものであるから採ることを得ないことは前述の通りである。

仍て原告の本訴請求は其の理由ないものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決した次第である。

(小林 木戸 藤本)

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